夫婦
2003年2月18日この日記をブックマークして下さっている「つきかぜさん」の日記を読ませていただいています。
15日の日記を読んで、私も何年夫婦やっても同じようなことをやっているなってつくづく思いました。
この間も、机に向かって仕事をしている彼の横顔を見ながら「30年前となんにも変わっていないな」って思いました。
他の人が言ってもどうでもない事でも、彼に言われるともうどうにも悲しくなったり、怒りまくったり。
彼としては「なんで?」の連続なんでしょうし、私自身も彼へのこだわり自体が辛くって無視しようと思うのですが出来ないのです。
喧嘩のたびに「もうこんな思いは嫌だから、いっそ一人になってしまえ」と思うことも30年繰り返しています。
それを救っているのは、私流で言うなら「男の素直さ」
いつまでもどこかに子供みたいな素直さを持っている男性の「どうであっても好きなものは好き」という直球に救われています。
女だって表面に出て来るのは変化球が多いですが、根本的には単純なんですよね。
いつもその彼の素直さに甘えこんでいました。
私が背中を向けても、必ず彼が前を向かせてくれるものだと思っていました。
でもその素直さの「好き」というのが「もうどうしようもない」というのに変わったとしたら、と言うのが、この間のもつれだった。
寒々とした日々がしばらく続いても、しばらくは「こんなものでもいいや」って思って過ごしていました。
でも神様はそんな状態を悲しまれたのかな?
大きな爆弾を二人の間に落とされ、そのことによって、私はわたしの中の深いところに気がついた。
それから彼には直球で投げるようになってきました。
そんな時に男性の思いを知りたくてメル友を募集して秀さんとやり取りをし始めたんです。
同じ年代の夫婦。
子育てがほぼ終わり、夫婦だけで向き合わなければならなくなった年代。
つきかぜさんはお若い夫婦のようですが、彼女の日記を読んで夫婦ってベテランも何も無いやって思いました。
その相手にだけは、自分の醜いところも、汚い言葉も何もかもぶつけられるから恐いのよね。
私は夫婦って細い糸の綱引きかもしれないって思っています。
自分の方に強く引っ張れば切れるし、力を抜けばたるむし。その少し緊張したひき加減でなっているんだろうってね。
どうしても太いロープの関係と思い込んでしまい、力任せに引っ張りがちですがね。
私たちは来月結婚丸30年です。
15日の日記を読んで、私も何年夫婦やっても同じようなことをやっているなってつくづく思いました。
この間も、机に向かって仕事をしている彼の横顔を見ながら「30年前となんにも変わっていないな」って思いました。
他の人が言ってもどうでもない事でも、彼に言われるともうどうにも悲しくなったり、怒りまくったり。
彼としては「なんで?」の連続なんでしょうし、私自身も彼へのこだわり自体が辛くって無視しようと思うのですが出来ないのです。
喧嘩のたびに「もうこんな思いは嫌だから、いっそ一人になってしまえ」と思うことも30年繰り返しています。
それを救っているのは、私流で言うなら「男の素直さ」
いつまでもどこかに子供みたいな素直さを持っている男性の「どうであっても好きなものは好き」という直球に救われています。
女だって表面に出て来るのは変化球が多いですが、根本的には単純なんですよね。
いつもその彼の素直さに甘えこんでいました。
私が背中を向けても、必ず彼が前を向かせてくれるものだと思っていました。
でもその素直さの「好き」というのが「もうどうしようもない」というのに変わったとしたら、と言うのが、この間のもつれだった。
寒々とした日々がしばらく続いても、しばらくは「こんなものでもいいや」って思って過ごしていました。
でも神様はそんな状態を悲しまれたのかな?
大きな爆弾を二人の間に落とされ、そのことによって、私はわたしの中の深いところに気がついた。
それから彼には直球で投げるようになってきました。
そんな時に男性の思いを知りたくてメル友を募集して秀さんとやり取りをし始めたんです。
同じ年代の夫婦。
子育てがほぼ終わり、夫婦だけで向き合わなければならなくなった年代。
つきかぜさんはお若い夫婦のようですが、彼女の日記を読んで夫婦ってベテランも何も無いやって思いました。
その相手にだけは、自分の醜いところも、汚い言葉も何もかもぶつけられるから恐いのよね。
私は夫婦って細い糸の綱引きかもしれないって思っています。
自分の方に強く引っ張れば切れるし、力を抜けばたるむし。その少し緊張したひき加減でなっているんだろうってね。
どうしても太いロープの関係と思い込んでしまい、力任せに引っ張りがちですがね。
私たちは来月結婚丸30年です。
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